ベンチャー&クリエイティブの未来は見えたか
KANAZAWA VENTURE IT FESTIVAL 2018
REPORT

北陸で活動するベンチャー、IT、ものづくり関連の事業者・団体が集う「金沢ベンチャーITフェスティバル」。3回目を迎えた2018年は会期を2日間に延長し、「ベンチャー企業とICT」(DAY1)、「クリエイティブとICT」(DAY2)をテーマに、多彩な講演やトークセッションが行われた。
登壇者は何を語り、当日をともに過ごした参加者は何を感じとったのか― フェスティバルのエッセンスをレポートする。

DAY 1
「ベンチャー企業とICT」

ITビジネスプラザ武蔵のワンフロアをオープンな会場として開催された「金沢ベンチャーITフェスティバル2018」。初日のオープニングには山野之義金沢市長が登場。「金沢のような地方都市には、IT分野でリスクをとって起業できるベンチャーマインドを持つ人材が必要。行政の役割は、そうした人材のセーフティネットを整備しつつ、ビジネスの芽を育てていける環境を整えること。このフェスティバルは、まさにそのヒントになるものだと思う」と挨拶した。5名の実行委員がそれぞれイベント開催にかける思いを披露した後、サロンスペースCRITでメインの講演がスタートした。


大きな敵と戦う、小さな会社の知恵

登壇者:松栄 立也氏株式会社DGホールディングス代表取締役社長

「やるのも早いが撤退も早いのがDMMの強み」

最初の登壇者は、株式会社DGホールディングス(旧DMMホールディングス)代表取締役社長の松栄立也氏。
アダルト、ゲーム、英会話、FXなどオンラインを軸としながら、太陽光発電やモノづくりのプラットフォーム「DMM.make」などリアルの場へと事業領域を広げ、急激に知名度を高めてきたDMM。同社は1980年代に石川県加賀市でレンタルビデオ店からスタートし、ビデオの通販やネット配信で急成長した企業だということは、地元人ならよく知るサクセスストーリーだ。
1998年にITの責任者としてDMMグループの株式会社ケー・シーに入社した松栄氏は、DMMの創業者であり現会長の亀山敬司氏との出会いや、亀山氏独自の経営術について語った。「ビジネスセンスのかたまり」「やるのも早いが撤退も早い」とは松栄氏の亀山氏評。それが今につながる同社の一番の強さになっているという

「じたばたして生き残るのは、社員の雇用を守るため」

「大きな敵との戦い」としては、国内大手レンタルチェーンや、EC業界に君臨する大手EC事業者との丁々発止のエピソードが語られた。戦いの結果は、勝ったというより、松栄氏が言うように「じたばたして生き残った」という表現がふさわしい。松栄氏はその中で獲得した「小さな会社の知恵」として、8つの教訓を紹介する。

  • 土下座しても生き残る
  • 先手を打って生き残る
  • 主人をかえて生き残る
  • TTP(徹底的にパクる)して生き残る
  • 小さいときはハッタリかます
  • 目先のことしか考えない者は「奴隷」にされる
  • 人事を尽くして天命を待つ
  • 恥知らずで節操なく行動する

ユーモアとバイタリティが感じられる教訓だが、その根底にあるのは「社員の雇用を守る」という信念。最も有効なリスク回避策は、「新しいブームを学び、『おもしろい』と思ったらすぐ事業化を検討し、『可能性がある』と思ったらすぐ実行すること」だと松栄氏。
「そのために企業は、若い芽に投資すべき。経営者の仕事は若者に投資し、人を育てること。自らテクノロジーを操る必要はなく、若者に舵取りを委ねればいい。若者はつねに勉強してチャンスに備えてほしい」。

「何もしなければ何も変わらない。世界を変えられるのは行動だけ」

実際DMMグループでは、若手が大きな裁量を持ち、やりたいことに挑戦していける環境があるという。「若手が失敗しても文句を言わない、責任を問わない」のがDMM流。失敗させる経営の余力があるという事実は大きいが、新規事業に取り組むチャレンジ精神とスピード感は、中小企業やベンチャー企業こそ真似したい。
松栄氏は「この講演を聞いた後、何もしなければ何も変わらない。世界を変えられるのは行動だけ」と締めくくり、大きな拍手の中で降壇した。


成功と失敗から学ぶ、
IT スタートアップの立ち上げ方

登壇者:清水 巧氏株式会社リフカム 代表取締役

「本当は話したくない“失敗”を話します」

続いて登壇した株式会社リフカム代表取締役の清水巧氏は、「成功と失敗から学ぶ、IT スタートアップの立ち上げ方」と題して話した。
「成功と失敗」は、いずれも清水氏自身のリアルな体験だ。
清水氏はベンチャー企業での勤務経験を経て2014年1月に起業。スタートアップの仲間集めプラットフォーム「Combinator」を開発し、大きな反響を得た。ところが多くのユーザーを集める一方で、マネタイズに苦戦。同年の暮れには深刻な資金難に直面する。東京のオフィスは解散し、清水氏自身はいったん実家のある金沢へのUターンを余儀なくされた。金沢と東京を夜行バスで行き来しながら採用イベントを企画・開催して食いつなぐ日々。その傍ら開発を進めてきたのが、リファラル採用(縁故採用)を支援するクラウドサービス「Refcome」である。
2016年7月にリリースされた同サービスは現在、IT企業のほか飲食チェーンやアパレルなど100社に活用されており、リフカムは2017年11月に約2億円の資金調達を発表した。
これらすべてが、起業から4年の間に起った出来事である。まさに怒涛のスタートアップライフだ。

「普通なら10年かけても経験できないことを、たった1年で経験できるのが今の時代のスタートアップ」

自らの濃密な経験をケーススタディとして、清水氏は「成功するスタートアップの要素は『サービス開発』『仲間集め』『資金集め』の3ステップに集約できる」と考察する。
最初のステップであるサービス開発については「開発に先行してランディングページを制作することが効果的」という。ランディングページでユーザーの事前予約や問合せを受け付ければ、その声を吸い上げることができる。つまり、実際のものをつくる時間とコストをかけずにサービスのニーズを検証できるわけだ。
次のステップである仲間集めに関しては、起業家が自分のアイデアや思い、事業の進捗をSNSやブログで発信するだけでハードルは下がるというのが清水氏自身の実感だ。
3つ目の資金調達については、「それぞれのメリットを考えて、デット(debt:負債)かエクイティ(equity:株主資本)か明確にすべき」とする。エクイティについてはスタートアップの各フェーズに特化するかたちでさまざまなVCがあるが、アドバイスを貰いながら事業計画を改善していくとミスマッチが少ないという。

「普通の人が10年かけても経験できないことを、たった1年で経験できるのが今の恵まれた時代のスタートアップ。そこに失敗はつきものであり、むしろ失敗はしたほうがいい。失敗からいかに早く低コストで学習できるかが、スタートアップの成功につながります」。


トークセッション
「北陸三県代表者と中小機構担当者によるトークセッション 現場の悩みをその場で相談!支援機関との関わり方」

村田 賢司氏(一社)石川ベンチャー倶楽部next/株式会社サンウェルズ

下村 豪徳氏とやま起業未来塾 学士会/株式会社笑農和

福嶋 祐子氏ふくい女性起業家交流会 ふくむすび会/ミーツ・コミュニケーション・デザイン

加藤 英司氏独立行政法人中小企業基盤整備機構

「支援のデパートである中小機構を活用しない手はない」

松栄氏、清水氏の講演に続き、少々趣向を変えて行われたのは、北陸で起業家や企業のリーダーとして活躍する3名のビジネスパーソンと、起業家や中小企業のサポートに取り組む独立行政法人中小企業基盤整備機構(以下、中小機構)の担当者とのトークセッションである。

セッションは、中小機構の統括インキュベーションマネージャーである加藤英司氏がモデレーターとなり、登壇者の自己紹介からスタートした。
富山代表の下村豪徳氏は、システムエンジニアの知識と経験を活かし、農家の販売支援やIT支援などを行うスタートアップ企業、株式会社笑農和の代表取締役。「とやま起業未来塾 学士会」のメンバーでもある。
石川代表の村田賢司氏は、従来の介護業界のイメージを払拭する経営で成長する株式会社サンウェルズに所属。「一般社団法人石川ベンチャー倶楽部next」のメンバーとしても活動する。
福井代表の福嶋祐子氏は、2001年に福井県に移住。ミーツ・コミュニケーション・デザインを立ち上げ、広報プランナーとして地元中小企業の広報・販促支援を行う。「ふくい女性起業家交流会 ふくむすび会」の副会長の顔も持つ。

企業と支援機関との関わり方を探るのが本トークセッションのねらいだ。
まずは加藤氏から中小機構の支援サービスに関するプレゼンテーションがあり、「起業・創業期」「成長期」「成熟期」という企業の成長ステージに合わせて、さまざまな支援が整備されていることが紹介された。
ベンチャーやスタートアップ向け、すなわち起業・創業期の支援としては、インキュベーション事業がある。石川県野々市市にある「いしかわ大学連携インキュベータ(i-BIRD)」はそのひとつで、常駐するインキュベーションマネージャーによる経営相談をはじめ、産学官連携やネットワーク構築の面で手厚いサポートを受けることができる。

続いて、下村氏、村田氏、福嶋氏から、「資金調達」「採用」「人材育成」「販路開拓」など、それぞれがリアルに抱えている事業の悩みが示された。特に人材については、創業時の雇用のタイミングや、定着率の向上、ベテランから若手へのスキルトランスファー、リーダー育成など、さまざまなフェーズでの課題が浮き彫りになった。
これに対し加藤氏は

  • 経営者や管理者を対象とした実践的な研修を行う「中小企業大学校」
  • 社労士による人材育成・人事コンサルティング(「専門家派遣制度」)
  • IT活用の促進とともに、社内IT人材の育成を目指す「戦略的CIO」

などの中小機構の施策を紹介し、活用を促した。

中小機構との「長いお付き合い」の足掛かりになるのは、窓口相談であるという。全国9か所の地域本部、北陸エリアであればJR金沢駅近くに立地する北陸本部で、マーケティング、IT、新商品開発、販路開拓、広告、知財戦略など各分野の専門家が対面で経営課題の相談に乗る。
会場との質疑応答では、これから起業を考えたいという来場者からの質問も寄せられ、中小機構に対する期待の高さがうかがわれた。


金沢ベンチャーITフェスティバルが「フェスティバル」である所以は、登壇者の知見を拝聴する講演だけでなく、同時並行でライトニングトークが行われ、自由に見聞きできる企業・団体のブース展示や、体験コーナーが設けられている点にある。

この日、マルチメディアスタジオでは、株式会社ユアブレインズの浅岡正教氏と、フリーアナウンサーの白崎あゆみ氏の司会によるライトニングトークが行われた。会場の雰囲気は、メイン会場のサロンスペースCRITに比べて、ぐっとフランク。「IT×BUSINESS」のテーマのもと、「これからの私たちの働き方」「テクノロジー×ベンチャー」「学生セッション」の3つのトピックスで計5名が登壇し、それぞれ15分の持ち時間で、自社のビジネスモデルや事業内容、活動内容などをプレゼンした

発表者が観客になり、観客が発表者になる流動的な場だ。若手起業家とベテラン起業家、学生と経営者など、キャリアや立場を超えた知見が共有された。
特に最後の学生セッションでは、「大人に『高校時代は何をすべきか』と聞くと『今のうちに遊んでおけ』と言われる。高校生をなめないで」との鋭い問いかけがあり、会場がヒートアップ。熱い大人と本気の学生がディスカッションを繰り広げた。
並行して進行するトークの内容が気になり、CRITとスタジオを忙しく行き来する参加者も見られた。

情報化研修室ではこの日2つのワークショップを開催。前半は、電子タグ「MESH」を使って子どもたちが盛り上がり、後半は、ライトニングトークで登壇した寺本大輝氏が開発した「HackforPlay」のコンセプトや活用法について、大人が語り合った。

会場では通路を利用して企業や団体、学生によるブース展示も実施。各セッションの合間の休憩時間に、思い思いに展示を見たり、体験したりする来場者の姿が見られた。


DAY 2
「テーマ:クリエイティブとICT」

クリエイティブとICTの掛け合わせがカバーする領域は広い。
ICTはデザインやアートの表現に深く関わり、クリエイターやエンジニアの意義やワークスタイルを変え、第4次産業革命を加速させる。
ICTはクリエイティブとその周辺に何をもたらすのか。ICTとクリエイターはどんな関係を築いていくのか。「金沢ベンチャーITフェスティバル2018」の2日目は、そんな問いを来場者に投げかけるものとなった。


Adobe Creative Cloudの最新情報と未来

登壇者:仲尾 毅氏アドビ システムズ 株式会社

「Senseiの力で、クリエイターはよりクリエイティブな作業に専念できる」

最初の登壇者は、アドビシステムズ株式会社の仲尾毅氏。話題の中心はAdobe Senseiだ。
Adobe MAX2016で発表されたSenseiは、クラウド上にある人工知能と機械学習のプラットフォームである。そこから一年経ったAdobe MAX2017では、Creative Cloudの大型アップデートが発表され、Senseiを活用してアプリケーションやサービスのシステム全体にAI機能が組み込まれたことがアナウンスされた。
気になるSenseiという名称は日本語の「先生」に由来するそうで、Senseiは教えるだけではなく、生徒からも学ぶ、インタラクティブな存在だという。

仲尾氏がCreative Cloudの最新テクノロジーとして「Sensei的な機能」のデモを始めると、会場は驚きに包まれた。
たとえば、Illustratorのパペットワープツールや、1クリックで被写体を選択するPhotoshopの新機能では、本来なら発生するはずの手間のかかる作業をSenseiがクリエイターに代わって行ってくれる。
新たにリリースされたAdobe Dimensionは、Senseiがクリエイターの手間を軽減してくれる良い例だ。ボトルや紙袋などの3Dモデルの表面にIllustratorで作成したグラフィックを配置でき、ドラッグすればグラフィックが3Dサーフェスに沿って移動する

これがSenseiの未来の姿

トークの最後、仲尾氏は現在開発中だという、Senseiサーフェスが追加されたPhotoshopのデモを行った。いわば、Senseiの未来の姿である。
画面の右側にあるSenseiサーフェス内の入力フィールドをクリックして話しかけると、Senseiは言葉を解釈し、命令を実行する。
Senseiが与えられたスケッチから使えるアセットを見つけ、膨大な画像の中から画像を選び、人物を一瞬で切り抜き、クリエイターがよく使うスタイルでタイトルを入れ、あっという間にSF映画風のポスターが完成すると、会場からどよめくような歓声が起きた。しかもSenseiは、デザインが今の状態になるまでの経緯を記憶しており、作業をさかのぼって画像を選択し直したり、人物の顔の向きを調整したりする作業も容易に行える。
AIによるデザインの本格的なパラダイムシフトを感じた、会場全体が大きな驚きに包まれた1時間だった。


組込みエンジニアからみたIoTのあるべき姿

登壇者:小林 康博氏株式会社金沢エンジニアリングシステムズ

「金沢から発信できるIoTを生み出したい」

株式会社金沢エンジニアリングシステムズの小林氏は、組込みエンジニアとして第一線で活躍する傍ら、エンジニア同士の交流を活性化させる目的で「組込みエンジニアフォーラム」という会を立ち上げるなど、精力的に活動している。
家電、自動車、医療機器などとして生活のあらゆる場面に溶け込んでいる組込みソフトウェアだが、「組込みエンジニアの存在はあまり知られていない」というのが小林氏の視点。たとえば自動車のメーカーは知っていて当然だが、その中でどんな組込みソフトウェアが動いているかは、一般の人は知らないし、知る必要もない。
そんな組込みエンジニアだが、近年はIoTとの関係で注目されるようになっているという。小林氏はその追い風に乗り、「金沢から対外的に発信できるIoTを生み出し、組込みエンジニアを志す若い世代を増やしたい」と意気込む。

トークでは、IoTに不可欠な「エッジコンピューティング」について解説があり、そこから小林氏が提起する「移動するIoT」の構想が語られた。
エッジコンピューティングとは何か。製造業や物流などで活性化しているIoT市場だが、同時に通信遅延や通信量の肥大化などの課題が浮上している。その対応策と注目されるのが、エッジ側でデータを分散処理し、その結果をクラウドと連携させるエッジコンピューティングの技術である。

「一番のポイントは、取得したデータを即時に処理できること。クラウドに上げるべきデータか、あるいは現場で処理すべきデータかを機器側で判断し、必要なデータのみクラウドに送ります。特にとっさの判断が重要な自動走行車で研究開発が進んでいます」。

「『移動するIoT』が新しいビジネスを生み出す」

前述の自動走行車やドローンは、移動しながらインターネットにつながる。小林氏はこれらを「移動するIoT」と命名し、その実現をリードしたいと考えている。
「『移動するIoT』は電波がない状況でも活躍できる仕組みが必要」と指摘する小林氏。そこで力を発揮するのが、エッジコンピューティングであり、組込みエンジニアである。
小林氏は現在、JASA(一般社団法人 組込みシステム技術協会)の活動の一環として、長崎県の五島列島の北端・小値賀町で実証実験を進めている。
「移動するIoT」が、過疎地で雇用を生み、若者を定着させる新たなビジネスを生み出す日がくるかもしれない。


クリエイティブを支えるクラウドの今

登壇者:相羽 大輔氏株式会社ドリームガレージ

「クラウドを利用すれば、ムダのないコンピュータ資源の調達が可能になる」

株式会社ドリームガレージの相羽氏からは、「クラウドとは何か」「クラウドが実現するテクノロジーとは何か」「クラウドで働き方はどう変わるか」という3つの視点が語られた。

クラウドとは、ユーザーがインフラやソフトウェアを持たず、インターネットを通じて必要な時に必要な分だけ利用する考え方のこと。現在クラウド・プラットフォーム市場は、アマゾン、マイクロソフト、グーグル、アリババの4社が大部分を占有している。
一般的にクラウドはレンタルサーバーに比べ運用コストは高いが、相羽氏によれば「ニーズに合わせて柔軟にリソースを追加・削除することで、クラウドに移行してトータルコストが下がったというケースもある」とのこと。
クラウドは、「IoT」「AI」と共鳴して、新たな製品やサービスを生み出している。これらについては、画像認識や音声認識などのクラウドサービスや、次世代型の無人コンビニなどの事例が紹介された。

「クラウドは、エンジニアを場所の制約から解放する」

次に相羽氏が語ったのは、クラウドがもたらした自身の働き方の変化である。
2012年、母親の介護をしていた父親が倒れたことで、突然両親の介護問題に直面した相羽氏。250km離れた金沢と妙高を頻繁に往復し、介護施設への入所などに対応していたが、とても仕事にならない。行き詰まった相羽氏は仕事のスタイルを見直し、仕事環境をクラウドに移してどこでも作業がきる環境を整えた。以降、クラウドをフル活用し、仕事と介護を両立している。

「介護、あるいは子育ては、人生の中で避けて通れないステージ。クラウドを活用すれば、キャリアを継続し収入を確保しながら、それらに向き合っていくことができます」

東日本大震災以降、東京の企業の郊外への移転や、地方でのサテライトオフィス開設の事例が増えている。一方で、多様な働き方の選択肢としてリモートワークが注目されている。
相羽氏は「東京の企業が地方在住の優秀なエンジニアを採用し、在宅で働いてもらうケースも増えていくだろう」と予想する。
クラウドはエンジニアに、場所と時間から解放された自由でフレキシブルな働き方をもたらしていくだろう。


一般向けに人工知能の最近の話題を紹介します

登壇者:越野 亮氏石川工業高等専門学校 准教授

「あなたは人工知能に対して期待しますか。それとも脅威に感じますか」

AIとIoTを専門とする石川高専准教授の越野氏の講演は、AI研究の最近のトピックスを紐解きつつ、AIに対する一般的な誤解を指摘し、人間とAIの関係性について参加者とともに考える試みとなった。

―「AIは人間を支配する」という誤解
「AIが人間を支配するというのは、映画やアニメの世界の話」と越野氏は一蹴する。AIを使った製品やサービスは世の中にたくさんあるが、これらは人間の生活を便利にする道具にすぎない。
越野氏は、哲学者ジョン・サールの「強いAI」「弱いAI」という言葉を紹介し、「現在開発が進んでいるのは、人間が決めた範囲で動く『弱いAI』で、意識や自我を持った『強いAI』はいまだ実現されていない」と解説する。

―「AIはプロ棋士より強い」という誤解
グーグルの子会社で人工知能の研究を行うディープマインドが開発した囲碁AI「アルファ碁」が、歴代最強との評価もあるプロ棋士イ・セドルに勝利したというニュースは大きな話題になった。
しかし、アルファ碁の背景に、天才プログラマ、デミス・ハサビス率いるディープマインド社の英知と、グーグルが有する莫大なコンピューティングリソースがあったことは見逃せない事実である。

―「AIは人間の仕事を奪う」という誤解
越野氏は「新しい技術が生まれると、それに伴って新しい職業が生まれる」と強調する。実際、10年前にはFacebookもGoogleもYouTubeもなかった。20年前にはInternet Explorer もSDカードもSuicaもなかったのだ。

トーク終盤、越野氏は「人工知能は人間がつくったようにしか動かない。理論を考え、プログラムを作成するのは人間である」として、今後特にAI、IoT周辺のプログラミング教育が重要になると主張した。

「ある調査によれば、中高生のなりたい職業トップは『ITエンジニア・プログラマー』。日本の未来は明るいと思う」


CG女子高生Saya
バーチャル・ヒューマンの未来へ向けて

登壇者:TELYUKA氏GarateaCircus株式会社

「ピュアで、透明で、一瞬のエネルギーを宿した女子高生をCGで表現したかった」

世界中で話題になっている日本の少女がいる。17歳の女子高生、名前は「Saya」。生みの親は、石川晃之・友香の夫婦ユニットTELYUKAだ。
最後の登壇者となった二人は、Sayaが生まれた経緯、SayaのCG制作の裏側、そしてSayaの未来について語ってくれた。

二人はプロダクション勤務を経て、2012年にフリーランスになった。「お金も人脈も仕事もないスタートで、オリジナル作品をつくって発表していくしかなかった」という。
声をかけてくれるプロダクションが少しずつ増え、地道に仕事をこなす一方で、「自分たちの世界を表現したい」「もっと面白いものができるんじゃないか」とチャレンジしたのがSayaだ。
2015年にSayaのコンセプトイメージをSNSで発表すると、瞬く間に世界中に拡散された。そこから2016年、2017年とSayaは進化を続ける。パフォーマンスキャプチャーにより動き出したSayaは、講談社主催のオーディション「Miss iD 2018」に出場し、セミファイナリストに選出された。

「技術がどれだけ進化しても、人間の能力も開花させなければ」

友香氏はCG制作の裏側として、制作に使っているツールを紹介してくれた。MAYAをメインに、レンダラーはV-Ray、テクスチャーはMARI、Photoshop、Quixel SUITE、造形はZBrush、衣装制作はMarvelous Designer、最終コンポジットにNUKEを使っている。
Sayaはすべて手づくりで、フォトグラメトリ技術や写真素材は使わない。要素を分解して再構築するような感覚で研究し、データを積み上げている。造形は、骨の上に筋肉、その上に皮膚がのっているということを念頭におく。肌は多数のレイヤーで表現しており、見るだけでまるで触れたような感覚がある生々しい表現にまで近づいてきた。
アーティストが、その目と手と感性で創り出したバーチャル・ヒューマンは、フォトグラメトリで再現したキャラクターにはない、独特のゆらぎと不確実性を持つ。友香氏はそれを「手編みのセーターと機械で編んだセーターの違い」になぞらえる。

Sayaには正解がない。常に変更と調整を繰り返している。二人は次のステージでは「胸キュン」をつくり出したいという。
そんなSayaは、この先何を目指すのか。
「それはSayaと一緒に生活することを想像すると見えてきます。朝、起こしてくれたり。一緒に旅行に行ってバスの時間を教えてくれたり。私自身はSayaに最期を看取ってほしいとも思っています。実現するのはもっと先ですが、そんな世界に向かって少しずつ進んでいるところです」。


この日もマルチメディアスタジオではライトニングトークが行われた。テーマは「IT×CREATIVE」。「学生セッション」「北陸のIT×CREATIVE」「行政とのセッション」「北陸ではないところのIT×CREATIVE」の4つのセッションが展開され、アカデミックな視点、ビジネスの視点、行政の視点、クリエイターの視点が交差し、融合した、刺激的な場となった。

情報化研修室では、ライトニングトークにも登壇したPCN金沢の久保田氏が講師となり、IchigoJamによるプログラミング体験が行われた。IchigoJamはBASICでプログラミングする子ども向け教材だが、大人も夢中になる姿が見られた。